いとうレディースクリニック @千里山

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不妊症の6

不妊原因の本命は年齢的な要因です。以前医師会報に寄稿した文章が残っていました。医療者向けに書いたのでやや難しい表現になっていますが再掲します。

 

「・・・ただ、日々の診療の中で患者さんと接して思うことの一つは、多くの女性が「女性の年齢が上がると妊娠しにくくなるし流産が起きやすくなる」ということをこれまでの人生で誰にも教わらなかったし耳にする機会もなかったということです。聞きたくない事実から目を背けてきたのではなく本当にまったく知らなかったという患者さんがほとんどです。高齢の初診患者さんに妊娠率が低下してゆくグラフを示してその事実を伝えると「でも芸能人の○○さんが46歳で出産したってテレビで見ましたよ」と。確かにレアケースとしてそうした方もいらっしゃいますし特にそうした報道は大きく取り上げられるでしょうから印象深いんだと思います。しかし動物には妊娠分娩に適した時期があります。

女性の体内にある卵子は胎生期に始原生殖細胞から作られ、第一減数分裂前期で停止して出生を迎えます。思春期となり月経が開始すると卵子は黄体化ホルモンの影響下に減数分裂を再開し、第二減数分裂中期まで達した状態で排卵します。その後精子の侵入を受けて第二減数分裂が終了し第二極体を放出し雌雄の前核を形成します。つまり女性では卵子減数分裂の期間は「胎児期から受精するまで」=年齢+1年かかっていることになります。一方男性の場合、精巣内での精子の生成をみてみると、思春期に達すると生殖幹細胞である精原細胞から一次、二次精母細胞を経て精子細胞を形成しますが、第一・第二減数分裂はこの70日間に及ぶ分化の過程の中でのみ起こっています。

男性と女性、精子卵子の違いというのは減数分裂にかかる時間の違いと言い換えることができるかもしれません。せいぜい70数日間で終了する精子減数分裂に対して、数十年を要する卵子減数分裂、その違いが染色体不分離など異常発生率の差となり、女性の加齢が原因である不妊症の理由となっていると考えられます。

そんなに難しい言葉を使って説明する必要もなく、シンプルに「子供を持つ人生を選ぶなら妊娠は早いほうがいいです」ということを中学生ごろからきちんと伝えることが大切だと考えます。もちろん自分のキャリアアップを人生のプライオリティーの高い位置に置く女性があってもいいし子供を持たない人生を選択される方もいらっしゃるでしょう。そうした女性の選択はもちろん尊重されるべきですが、もし「卵子が老化する」ということを知らなかったばかりに子供を持ちたかったが妊娠を希望した時にはもう妊娠しにくい状態になっていてあきらめなければならない、そうした人生を選択せざるを得ない状況の方がいらっしゃるとしたらこれほど気の毒なことはありません。

昨年6月のNHKクローズアップ現代「産みたいのに産めない 卵子老化の衝撃」の放送を切欠にして、申し合わせたように卵子の老化についてのテレビ放送・新聞報道が増えてきました。深夜のドキュメンタリー番組だけでなく午前のワイドショーや新聞の暮らし欄を使った特集、女性誌の特集記事という形で一般の方の目に触れる機会が増えてきました。これらの報道に触れてびっくりされた患者さんが当院をはじめ産婦人科に相談に来て検査を受けられることが増えたように感じます。

やはりテレビはじめ報道の影響力の大きさを感じると同時に、なんで今までこんなに大事なことを伝えてこなかったのかと不思議に思うこともあります。

昭和61年に施行された通称「男女雇用機会均等法」、職場での男女平等を確保して女性が差別を受けずに、家庭と仕事が両立できるようにすることを目的に制定されました。この法律が施行されたのを一つのきっかけに女子の大学進学率も上がり高学歴化が進み、就職する時には総合職を目指す女性も増加し、いわゆる「女性の社会進出」を推進するきっかけになったシンボル的な法律であったようです。日本の経済発展が続くには優秀な女性が労働の場に留まってくれることが必要で、そのための環境を整える必要があったのでしょう。報道もその方向性をもって情報を提供し続けてきたと想像できます。

しかし誤解を恐れずに言えば、これらの法律に守られた労働環境が、女性の晩婚・晩産化に拍車をかけた可能性はあったと思います。厚生労働省の人口動態統計によると、1980年に26歳代であった初産年齢は2011年には30.1歳となってとうとう30歳の大台に乗りました。今後もこの上昇傾向は続いてゆくでしょう。もちろん男女の労働環境は平等であるべきですしその評価にも差別があるべきではありません。この法律の理念に間違いはなく今後も多くの勤労女性に働きやすい環境を保証してゆくことでしょう。

しかし人間も動物であり、妊娠・出産には適した年齢というのがある、それは丁度あなた方がキャリアアップを目指して頑張っている時期と一致しています、という情報も同時に知らせるべきと考えます。仕事と妊娠のどちらかを取らないといけない選択を迫ることになるかもしれませんが、少なくとも「歳をとったら妊娠しにくくなるなんて知らなかった、初めて聞いた」という不幸は避けられると考えます。

出産を選択した女性をしっかりと社会全体がサポートする体制を整備してからでないとその告知はフェアーなものではないかもしれませんが、年齢に待ったはありません。正しい情報を早めに伝えて本人に選択の機会が与えられることが優先されるべきと考えます。今後もこれ以上の密度で「卵子の老化」が報道されて広く周知されてゆくことを願ってやみません。

 

長い文章ですみませんが、これを読んでいただいた人が一人でもご自身の「妊娠適齢期」について考えていただくきっかけになればと思います。

 

グラフは体外受精での妊娠率、生産率。年齢が上昇するといずれも低下する。

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